友達はいつも傍にいるものだと思っていた。
友だち2人から相次いで返事がない。
本来、コミュニケーションは相手を究極には分かり合えない、自分と他人は全くの別物、でもそれを知ってほしい・分からせたいという前提から成り立っている。
小中学生の頃、周りにちやほやされて育った。その反動で高校時代はあまり友達ができず、大学時代はぼっちで過ごした。
ちやほやされてたから相手の立場にたつということをあまり学ばなかったように思う。
コミュ二ケーションについて、
へーそうだったんだ、って思った記事がこれ
anond.hatelabo.jp
日本語だと、
A「最近寒いですねぇ。」
↑他愛もない話題で、話しかけていい相手か確認。
B「確かに今週から寒いですねぇ。(ちなみに今日はどちらから?)」
ぼくは質問で返すってことをあまり、というか全くしてないな。
だから友達ができないのか。
www.huffingtonpost.jp
なぜなら日本的なコミュニケーションが苦手だからといって、必ずしも海外でも同じようにコミュニケーションが苦手だとは限らないからです。
それは日本と海外でのコミュニケーションの概念そもそもが違うことだってありえるからです。
それでは日本式コミュニケーションとは一体何なのか。
海外式コミュ二ケーションとは一体なんなのか。
上記のエントリたちに、一言で反撃を加えるとです。
- 作者: クリストフアンドレ,パトリックレジュロン,Christophe Andr´e,Patrick L´egeron,高野優,野田嘉秀,田中裕子
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