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「Androidは電気羊の夢を見るか」を読みたい管理者のブログ

仕事などでの色々な発見を記事にしてます。不定期更新。

ぼくは友達ができない

知能は人間に与えられた最高の資質のひとつですよ。しかし知識を求める心が、愛情を求める心を排除してしまうことがあまりに多いんです。これはごく最近僕がひとりで発見したんですがね。これを一つの仮説として示しましょう。すなわち、愛情を与えたり受け入れたりする能力がなければ、知能というものは精神的道徳的な崩壊をもたらし、神経症ないしは精神病すらひきおこすものである。つまりですねえ、自己中心的な目的でそれ自体に吸収されて、それ自体に関与するだけの心、人間関係の排除へと向かう心というものは、暴力と苦痛にしかつながらないということ。

あざとさは一つの才能だ。知能が優れた人間は人間の魅力を分析してそれを自分のものにしてしまう事ができる。本人がそれを望めばであるが。
タレント、ベッキーの不倫騒動に
冷静に考えたら悪いのは男の方だよね
ってコメントしようと思ってたら同じ事を言ってる人がいて言う気力が萎えてしまった。

他にも思う所はあるのだけれども、誰かに受けるのかなぁとか考え出すと「言わないでいっか」ってなること度々。
大抵のことは誰かが言ってしまってるし。

そういえば年末年始どこかに出かけましたか、と聞かれることが多いのだが、一人旅って面白いんですかね? 面白い?

出かける時はカメラを持ち歩くんですが、写真の面白さってかつて誰も見つけてないアングルを見つけて一人悦に浸ることにあると思ってて
だからありきたりの構図の写真って何だかなって思うわけですよ。

たとえばこんなの
https://ja.wikipedia.org/wiki/清水寺#/media/File:Kiyomizu_Temple_-_01.jpg

こんな写真撮るためにわざわざ京都まで出かけて面白い?

だからこう、人とは違った切り口で、なおかつ人と同じことを言わないで、なおかつ人受けする、ベッキーの不倫騒動へのコメントを考えていたらもう一日が過ぎた。

だから人とは違うことを言ったりやったりしたいと思ってるんだろうなぁ。

「愛情を求める心」というのがぼくには決定的に不足してる、というふうに思う。

それはある種のあざとさで、あざとくなれる才能で、あざといを見つける才能で、

medium.com

きっと欲しいと思ってるのは友だちじゃなくて別の何かなんだろうなぁ。

狭い世界で潜る。狭い穴の中でノミと金槌で壁に文様を掘り続ける。屋根裏の部屋で、自分の書いた水彩画と自分の書いた物語に囲まれて過ごす。僕は分かりやすく人に説明することが出来ない。他の人のしらない新しい世界の話を出来ない。誰もいけない遠い場所の話や、みんなが知ってるけど見ることのない足元の話しかできない。
でも、そんな世界を知っている人とは、ああ、そうだなあ、って思えるようなことは書いていきたいと思うんだよ。きっと楽しいよ。
僕はブロガーになれない - orangestarの雑記

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